2013年6月1日土曜日

書評:俺のイタリアン、俺のフレンチは事業開発の優れた事例

俺のイタリアン、俺のフレンチ―ぶっちぎりで勝つ競争優位性のつくり方/坂本孝

BOOKOFF(ブックオフ)の創業者で、現在はバリュークリエイトの経営者である坂本氏の本。文体は話し言葉をゴーストライターがおこしたんだろうなー、と思える本なんだけど、とても面白かった。そしてこの人も稲森さんの盛和塾にに傾倒した人なんだな。盛和塾については「宗教か!」みたいなツッコミもよく聞くけれど、これだけ多くの経営者に影響を与え、彼らが困難に対峙するときに彼らを支えてきた貢献はとても大きいものだと思う。そもそも、経営におけるビジョンの浸透は、宗教における教義の浸透とあんまり変わらない部分も多い。

「俺の」のビジネスモデルとしてのすごさは、飲食業における通常の原価率である3割を遥かに超えた原価率の食事を提供しながら、驚異的な成長を遂げていることだ。

坂本さんは事業に挑戦して2勝10敗らしいのだが、ビジネスモデルの構築にあたって彼が留意した様々なことがデータも含めて書いてあり、かなり勉強になる。終始一貫して彼が言うのは次のことだ。
独自に築いたものを、絶対に次が追随できないような参入障壁をどれだけつくれるか、これがアントレプレナーの唯一のポイントです。それらをたくさんつくることによって、その事業は揺るぎない存在になります。-中略-トヨタ自動車の「カィゼン」のように、彼らなりに毎日改善して、改善した内容や深さの度合いがある一定量を超えると、誰にもまねができないようなものになる。そういうことを私は飲食業で挑戦しているのです。(P197)  
「仕組みで勝って、人で圧勝する」というのが彼の口癖のようだ。「俺の」は従来の外食産業の原価率を大幅に上げたことによって良い品質のものを破格に提供できる、ということがそのモデルの大前提になっている。そしてそれを担保しているのは顧客がそこに滞在する時間を短縮(立ち飲み)することによる、回転数の増加だ。

時間と質という軸で考えると今まで空白だった「高品質+短時間」のセグメントという市場を開拓したことになる。


彼は自社の競争優位性として下記をあげている。


1. 日々の改善による効率的なオペレーション

「俺の」モデルのアイディア自体は誰でも考えつくといえば考えつくところだ。全ての事業とおなじくアイディアを具現化していく、優れたマネジメントの存在をこの本でも感じることができた。
 他の飲食業が運営できないであろう極端に狭い厨房でも、たくさんのお客さまが満足する料理のクオリティを、驚くほどの安い価格で提供できる・・・ これが「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」の競争優位性であり、店舗展開を重ねる過程で、ますます参入障壁を高くしているノウハウなのです。(P51)
2. 料理人が裁量権を持ち経営に入り込むという仕組み
「俺の」のモデルにたどり着くまで、普通に串焼き屋さんをやっていたらしい。その時にはワタミ的な人のやる気上げましょう作戦で戦っていたようだ。
従来型の串焼き屋を、「人のやる気」「頑張り」「チームワーク」で勝ち抜こうとしたのですが、その部分では、すでにワタミさんやモンテローザさんが完成されていて非常にやり辛い。(P27)
その後、安田常務のモデリング力により「俺の」のモデルに到達するのだが、同時に人の「やる気」に配慮することを忘れていない。通常のレストランでは年に数回しかメニューの更新もなく、原価を下げるために料理人に仕入れなどの裁量はあまりない。あまり裁量のない中で延々と同じ料理を作り続けているとどうなるか。飽きる人もたくさんでてくる。料理の世界で自己実現することを夢見てがんばっている人であればなおさらである。「俺の」ではメニューや仕入れについて料理人自身にできるだけ裁量を持たせようとしている。
 料理人に裁量権を与えることの究極は、全体の仕入部は持たないで、各店舗のシェフが現金100万円を懐に入れて毎朝築地へ行って、「あれちょうだい」「これちょうだい」 「それ全部ちょうだい」と言えるような会社になりたいのです。(P69)
また、あえて近場に何店も出店をして料理人同士の切磋琢磨も狙っている。

3. ジャズライブ
正直、これが競争優位になっているのかどうかはまだ未知数な気がする・・・

その他、感じたことを書くと、


人事施策としての競争優位性
この本が出版されたのは2013年4月。本書はスタートアップ時期を過ぎた企業が、追随する企業に対してより大きな参入障壁を作り出すためのリクルーティング施策の一環のように思える。

おそらく、この文章は一流の料理人や他社でオペレーションに習熟した優秀な人材に対するメッセージである。組織の魅力を伝えることで、よりリクルーティングがしやすくなる。その結果、ブランドをもったレストランで働いた料理人の数が増えれば増えるほど、「俺の株式会社」のモデルに対する参入障壁は高くなる。だからこそ、一定の成功を納め、組織体制が整ったこのタイミングでこの本は発表されたのだし、これも競争優位性強化のための施策であることだろう。

ちなみに人事施策的にもう一つの参入障壁の作成をしてるな、と勝手に解釈して書くと、3人の料理長の給与を1000万円の大台に載せる、という宣言がされている。業界水準でいうと、海外で活躍した有名な料理人でも平均の給与は600万〜700万円であることを考えると、破格の待遇、ということになる。これは当然リクルーティングのメッセージとしては優れているが、同時にスタートアップのレストランがこれだけの給与を提示することは難しいわけで、ここでも新興企業に対するファイアーウォールがしかれている。給与を上げることは参入障壁になりうる。この観点で「俺の」モデルに追随するファストセカンド(パイオニアのすぐ後に続く参入者)は大資本の大企業かもしれないが、「俺の」モデルには大企業の経営では難しい組織マネジメントが内包されており、うーん、よく考えられているなー、と思う。

他者のブランドで相撲をとる
そしてブランドをもつ従来のハイエンドなレストランにとっての一番の脅威は、彼らがどうやら世界の著名なコンテストでの入賞を狙っているらしいことだ。
当社に在籍する料理人には最速最年少で世界の頂点に立っていただきたい。世界のすべてのコンテストを総なめにしていただきたい。ソムリエも同様です。(P87)
彼らが抱える料理人の質からすると、 不可能な話ではないのかもしれない。また「俺の」の回転数から、料理人にとって「料理を作る」という経験の数はハイエンドのレストランよりも多くなる。そのことによるスキルの習熟が今後料理会にどんなインパクトを与えるのか興味深いところだ。(このあたりについては私は知見がなくてよくわからない)
この本の中には料理人のプレステージを上げる表現の仕方として元「〜」にいた●●さんという書き方が頻繁にされる。他者のブランドを使って自分のブランドを上げるというやり方だが、これに加えて著名なコンテストで実績を上げるようになると、引用されいてる元「〜」側からするとたまったものではないかもしれない。しかし、これも勝ち方。元「〜」の情報を用いて個人の信用を上げる手法が使われるのは料理界だけではない。でもこの人たち、きっとすごく既存の業界からは叩かれてるんだろうなー。


坂本さんは純粋なひとかも
また、少し感じたのは、もしかしたら坂本さんはすごく純粋な人なのかもしれないということだ。なぜなら文章になんとなく脇の甘さを感じるからだ。たとえば「麻布心月」の料理長であった島田博司氏をリクルーティングする場面で、勝どきの「かねます」で食事をする場面が出てくる。
 島田さんが、立ち飲みをやろうと考えるようになった理由は2つあると思います。一つは、一流の料理を立ち飲みで出すというビジネスモデルに対して感銘を受けたこと。もう一つは、「このお店が満席なのであれば、私の料理の方が勝てる・・・」そういう自信を抱いたこと。(P63)
つまり暗に「かねます」より「俺の」の方がおいしいよー、と言ってるわけで大企業の慎重な経営者なら絶対言わなそーーーー!だと思った。もしかしたらこういうところがBOOKOFFでのスキャンダルにつながったのかもしれない。

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