2013年7月16日火曜日

食品の「経済的な価値」と「生物学的な価値」のギャップが発生する理由

私は市場の力を信じているし、市場経済こそが現在の世界を現在のように足らしめている最も重要な仕組みだと考えている。けれど、ポール・ロバーツの「食の終焉」の中に出てくる、次のフレーズのことが頭から離れずにいる。
食の終焉/ポール・ロバーツ
今日の最大の問題は、そのズレ、すなわち、「食品の経済的な価値」と「生物学的な価値」の間のズレにあるのではないかと言いたいのである。(P24) 
このところ、この言葉のことをずっと考えていて「食品の経済的な価値」と「生物学的な価値」の間にズレが発生してしまう理由を「情報の非対称性」(information asymmetry)という言葉で説明してみようと思う。

Whole Foodsのようなスーパーが提供している価値は大きく3つある。

<Whole Foodsの価値>
1. 商品の優秀性:優れた商品(より安全で、おいしい)を提供すること
2. 調べる手間の排除:上記1. を担保する、という情報を提供すること
3. そこで買えることがCoolであること

Whole Foodsの商品は他のスーパーよりも高めにプライシングがされているのだけれど、そのプレミアム部分が何を根拠として発生しているのかというと、1.のように見えて、実は2. が大きいように思える。なぜなら、1.商品の優秀性については、実は他のスーパーでも時期やものによっては優れている場合もあるからだ。3.Coolさについてはマーケティングの問題で機能の問題ではないので、ここでは議論しない。これはこれで非常に深いテーマではあるが。

2.調べる手間の排除を可能にするための商品の安全性への信頼というブランドの確立がプレミアム発生部分の根拠である。中国製の食品を買う時に比べて、Whole Foodsで買い物をするときの安心感は誰もが感じたことがあるはずだ。消費者はWhole Foodsブランドというフィルターを通して、自分で安全性を検査することなく、安全な食品を手に入れることができる。そしてその対価として高めの金額を支払うのだ。ここで、「情報の非対称性」という言葉を使うと、Whole Foodsは情報の非対称性を解消あるいは改善することによってプレミアムを得ている、ということができる。
「情報の非対称性」(information asymmetry): 市場における各取引主体が保有する情報に差があるときの、その不均等な情報構造である。情報の非対称性があるとき、一般に市場の失敗が生じパレート効率的な結果が実現できなくなる。(wikipedia)
情報の非対称性への対策としては1. シグナリングと2. スクリーニングがあるわけであるが、この場合のWhole Foodsはスクリーニング機能を果たしている。 またWhole Foodsへの供給者にとっては、Whole Foodsというスクリーニング機能を突破したということがシグナリングにもなっているはずだ。

ポール・ロバーツが「食品の経済的な価値」と「生物学的な価値」の間にズレがある、と言う時、それは情報の非対称性が存在していることから発生している。消費者からは下記の情報ははっきりと見えないのだ。

<消費者が見る事ができない情報>
・その商品をつくるためにかかる環境への外部性による社会的費用environmental externalities)
 例えば、費用対効果のよい食品を作るために環境が破壊されてるかもしれない。
・その他社会全体でかかっている外部性による社会的費用market externality
 例えば、費用対効果のよい食品を作るために、農業という産業が社会的に良くない方向に再構成されているかもしれない。
・食品の安全性
 その食品は安全ではないかもしれない。

見えない理由としては下記があると思う。

<消費者に見えにくくなる理由>
1. テーマの複雑性
農業の問題は、様々なレイヤーのことが様々な規模で関わってくる。これを全て認識し適切な解を考えるのはとても難しい。
2. 該当領域の知識範囲の広さ
上記を行うには、非常に広い範囲の知識や専門性が必要となる。農業に関する専門性に限らず、生物学等の科学全般に関する知識、経済学、社会学、政治学、哲学など一人の人が認識するにはとても広い知識が必要となる。
3. 物理的なトレーサビリティの難しさ
食品は世界のいろんな場所から運ばれてくる。特に農産物の輸出国は発展途上にある国も多い。そうなると「誰が」「いつ」「どのように」それを作ったのかを把握することは非常に難しい。

逆に言うと関わってくるファクターが多いだけに、「嘘」もつきやすいし、隠し事もしやすい。結果として「食品の経済的な価値」と「生物学的な価値」の間にズレが発生することになる。合成の誤謬(fallacy of composition)も起こりやすくなるだろう。

この問題を解決するには、上記のそれぞれの課題に対して対応ができるような包括的なシステムを考える必要がある。ビジネスモデルを考えるにあたっては難易度は高いけれど面白い。

食の終焉/ポール・ロバーツ

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