2013年11月23日土曜日

コクとは何か(2)おいしさを作り出すのは食べ物そのものとは限らない

コクと旨味の秘密/伏木亨

前回のエントリーでコクの第一層(コアのコク)、第二層部分については書いたので、第三層について触れてみたい。伏木さんはコクには作る人や食べる人の精神性が反映される部分があると言い、それを第三層のコクと呼んでいる。

3. 第三層のコク
第三層のコクにも食の味わいを入れるとすると、極限にまで要素を削り取って味わいの中に精神性を重視したコクが該当するでしょう。実体にこだわらない精神性が第三層の特徴で重要です。例えば料理人が腕によりをかけた吸い物などです。日本の料理人が目指してきた究極のコクだと思います。もはや抽象のコクと言えます。味わう者の精神世界に大きく依存するコクです。 上品な吸い物は、それ自体の栄養価は高くありません。濃厚なコクがあるとも言えません。しかし、余分なものが削ぎ落とされたものの中にコクの純粋な形が感じられます。 微かな手がかりや痕跡です。感じる側が訓練されてこそ隅々まで味わえるようなものです。いわば、修練のコクとも言えます。修練をしていない者には「何だ、この薄味の吸い物は。おーい醤油をくれ!」と言いたくなる味かもしれません。しかしある程度和食に通じた人は、こういうギリギリのところに何とも言えないコクを感じるわけです。(P142)

 第三層のコクとは、文化や風習を色濃く反映せざるを得ない。その食材がどれだけ貴重なものか、どれくらい調理するのに時間がかかるのか、とか料理人の料理に対する哲学とか、そういうものを知っていて食べるのとそうでないのでは味が変わるだろう。伏木さんは「コクのある人」として人を形容するのにも使われる、と書いているが個人的にはこの言葉を人に対して使ったことはない。

この事を考えると日本食が海外に紹介され広まって行くにしたがって、日本食の「第三層のコク」が変わっていくのは当然かもしれない。そして、ローカルな食事がグローバルになっていく過程では、背景にある文脈を知らなくても理解できる第一層のコクを中心としてひろがり、次第にその土地なりの第三層のコクが形成されていくのかもしれない。結果として、それがオリジナルの土地の人たちとは違うものになるのは当然だ。


例えば北米の人の中には、ご飯にお醤油をかけて食べる人が結構いる。レストランに行くとキッコーマンのしょうゆ差しが置いてあり、これを白ご飯にたっぷりかけて食べる人を見かけることがある。おにぎりもお醤油をかけて食べる人がいる。聞くと、ご飯をみると「味がない」と自動的に思ってしまうようだ。ご飯そのものの味、新米の味を楽しむ感覚は中々分かってもらえない。(これは第二層のコクの学習に近いのかもしれないが)


北米で見かけるお寿司はとてもカラフルだ。そして様々なソースがかかっていたりする。そんなにいろんなモノをかけたら、味が混ざってしまって何を食べているのか分からなくなってしまうのではないか、と心配になってしまうほどだ。


それをお寿司ではないと批判することは簡単だけれど、そのマーケットや文化・風習に適応する形で、その人たちなりの「第三層のコク」が作られているんだなー、とも思える。たくさんのものがのっていたり、かかっていたりすることが「豪華さ」ひいては「おいしさ」につながる、という学習をしながら生きてきた人々が住むマーケットが北米市場だ。そして最近のスタートアップ界隈でよく言われる「Story」を大切にするPRの仕方なども、まさに第三層のコクの形成を目指したものだ。

伏木さんの理論でいうと、第一層のコクである砂糖、油、ダシの組み合わせである、より分かりやすいコクの方が理解されやすいマーケットでもある。

最後にそんな北米市場でかなり話題になったすきやばし次郎のドキュメンタリーを紹介したい。Youtubeで全編を見ることができる。「すきやばし次郎でお寿司食べたことある?」と何度聞かれたことか分からない。ミシュランの三ツ星を連続でとっていること以上に、小野二郎さんの職人としてのストイックさや規律が新鮮なようだ。この映画のおかげで二郎さんのお店にはかなり外国人の訪問者が多いとか。

評価には賛否両論があってこの記事とかだと
「食べる前からマインドコントロールされているためか、これが日本一の寿司だと確信している客が多い店」
などとも書いてあって、「食べる前からのマインドコントロール」とはまさに第三層のコク。 

そんな二郎さんと息子の禎一さんの言葉が第二層のコクをよく説明している。アカデミックにコクについて研究している人と、職人さんが言っていることがよく似ているのは興味深い。「UMAMI」にしても「ダシ」として人々は昔からその存在を認識して来たわけで、コクについてもまだ研究途中ではあるようだけれど、アカデミックなアプローチでこれがもっと解明されるのが楽しみだ。



1:22:26ぐらいから;
「ご飯の味も大切ですが、温度というのはとてもたいせつなんですね。お寿司だとみんな冷たいものだと思っているけれども、ご飯の温度というのは体温と同じくらいが一番いい。じゃあ、冷めないようにするにはどうしたらいいのか、ということを考えて。温度ですとか、鮮度、そういうものが絡んできまして。そのころの見計らいというものがあるんですが、それは長年培ってきた職人の腕と勘をいろいろ工夫して作り出していく。できたらすぐ、召し上がっていただくのが食べごろです。」

「うまみっていうのは、マグロが旨いから旨味じゃなくて、酢飯と一緒に食べる、醤油をつける、その方が旨味がでるという」

「例えばビールを飲んだ時に"あーっ"って言いますよね。それも旨味の一つだと。で、同じお風呂に入った時も"あーっ"って。ビールとお風呂は同じ"あーっ"なんですよ。」

「おいしいお寿司の基本というのはね、シャリと上のネタの一体感。これが合わないとまずおいしくないし」
コクと旨味の秘密/伏木亨 

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