2014年4月21日月曜日

中国の将来はどこに向かうのか-7つのシナリオ

 語られざる中国の結末 (PHP新書)/宮家邦彦

中国はおもしろい。なんというか人類史における彼らの圧倒的なエネルギー量の多さは、本当に目を見張るものがある。


これから中国がどうなっていくのか、さまざまな意見があるわけだけれど、もっとも大きな変数は各国の経済がどう成長するのか、ということだ。これについて、もう10年近く読んでいる「溜池通信」の吉崎さんは曖昧な言い方ではあるが「米中逆転はない」としている。


http://tameike.net/pdfs8/tame538.PDF

 思うに「米中逆転はない」と説得力のある形で断言した「経済屋さん」は、一人は新興国担当の投資家であるルチル・シャルマ氏であり、もう一人は中国研究者の津上俊哉氏である。シャルマ氏は、2012 年 11/12 月号の Foreign Affairs ”Broken BRICs”において、BRICs経済の限界に言及し、「中国が米国を抜き去るという懸念は、かつての日本のように杞憂に終わるだろう」と述べた。津上氏は 2013 年 1 月に『中国台頭の終焉』を著して、「中国の成長率は今後大幅に低下し、GDP で米国を抜く日は来ない」と予言した。このことは近著『中国停滞の核心』において、さらに明確に論じられている。2 人とも「かつては中国経済に賭けていたけれども、今は悲観に転じた」という点が興味深い。
吉崎さんは経済屋さんの頭で安保を考え、安保屋さんの頭で経済を考えることが大事だと説く。

地政学リスクが経済に携わる人たちにとってどのような意味を持つのか、不透明ではあるのだけれど不透明なだけに「本当は何が起きているのか」ということをしつこく問いながら、情報を集めていきたい。この本は、元外交官の宮家さんによる、興味深い中国に関する思考実験である。



<中華思想は日本人の造語>
日本人の多くは、中国をめぐる諸悪の根源が「中華思想」だと信じてやまない。しかし、一般の中国人には、自分たちが「中華思想」なるものに基づいて行動しているという意識はまったくない。それどころか、中国語には「中華思想」という言葉すら存在しない。「中華思想」とは、おそらく日本人の造語である。(P72)
 「中華思想」は日本人による造語だというだけでなく、そもそもそれに似たようなものは発展途上国ではどこでも見られる、とする。


-開発途上国によく見られる特徴-
1. 世界は自分を中心に回っていると考える
2. 自分の家族・部族以外の他人は基本的に信用しない
3. 誇り高く、面子が潰れることを何よりも恐れる
4. 外国からの経済援助は「感謝すべきもの」ではなく、「させてやるもの」だと考える
5. 都合が悪くなると、自分はさておき、他人の「陰謀」に責任を転嫁する (P74)
こういう傾向はアラブでも見られるとし、「これらはいずれも開発途上国に概ね共通する「対先進国劣等感」の裏返しだ」と著者は言う。しかし、中国にもアラブにもいろんな人がいるはずなのでこの大ざっぱな一般化は非常に不当だと思う。一方で「いろんな人がいる」と個別論に持っていくと議論ができないので、仮説として捉えたい。この人は外交官としてとしてアラブ、中国に赴任経験があるようなので、各国の外交関係者との折衝の中で得た感触、と考えればいいかもしれない。
意外に聞こえるかもしれないが、現代中国を理解するキーワードはその「弱さ・脆弱さ」だ。中国人との付き合いが難しいのは、彼らが「強い」からではなく、じつは「弱い」からだ。「弱い」からこそ「怖い」。「怖い」からこそ、彼らは自分たちが長年受け継いできた文化に「逃げ込む」のである。自信があれば、もっと上手く外国人と付き合える。自信がないからこそ、主観的判断、自己正当化、短期的利益追求などの自己中心的言動を繰り返し、平気で嘘もつく。じつに扱いにくい人びとだが、彼らがまだ開発途上国のメンタリティをもっているからと思えば、理解しやすいだろう。
もう一つ外国人が理解すべきことは、中国人が外国からいかに思われているかを人一倍気にする、とても「傷つきやすい」民族であるということだ。たしかに、中国人は面子を大事にする。しかし、すでに述べたとおり、このような性格は中国人の専売特許ではなく、他の開発途上国人にもほぼ共通するものだ。(P219)
というような「中国人観」を持つ著者がシナリオプランニングを想起させるようなやり方で中国の将来を7つのモデルで表現している。

まず、著者は巷の中国の予測を4つに類型化する。


<一般的な4つの中国発展モデル>(P99)

モデル1.経済繁栄+民主化推進
-これは長らく日本も含めた「西側諸国」で支持されてきたモデル。それが今揺らいでいる。
モデル2.経済繁栄+独裁継続
-これがさらに下記の二つのシナリオに分かれる、とする。
   2-a「軍事大国化」シナリオ
   2-b現状維持シナリオ
モデル3.経済衰退+体制変更
-これがさらに下記の二つのシナリオに分かれる、とする。
   3-a「民主革命」シナリオ
   3-b「イラク」シナリオ
モデル4.経済衰退+独裁継続(北朝鮮モデル)

以上の「欧米式の政治学的アプローチ」について、著者は①民間企業育成がうまくいっていないこと②巨大国有企業への富と権力の集中(つまり①と②は同義なんだと思う)が原因で、使えない、としている。「欧米式の政治学的アプローチ」の意味がいまいちよくわからないのだけれど、下記の記述とかみると「中国共産党ってすごい統治能力あるんじゃない?」て意味にも思える。

第一に、中国では経済を含む森羅万象が政治的意味をもち、「政経分離」が不可能であること。第二に、経済規模の拡大と生活水準の向上が、必ずしも政治環境の変化をもたらさないことだ。(P97)

<中国の将来に対する7つのシナリオ>

そのうえで、下記の7つのシナリオを提示する。「経済発展」の要素が省かれているが、これは中国経済が一定期間は成長することが著者の認識上、自明であることからであると思う。

シナリオA中国統一・独裁温存

-米国との覇権争いの決着いかんにかかわらず、共産党独裁が継続するモデル
シナリオB中国統一・民主化定着
-米国との覇権争いに敗北。米国主導の民主化、中国超大国化モデル
シナリオC中国統一・民主化の失敗と再独裁強化
-国家分裂のないロシア・プーチンモデル
シナリオD中国分裂・民主化定着
-少数民族と漢族で分裂するも民主化が進む、資源のない中華共和国モデル
シナリオE中国分裂・民主化の失敗と再独裁強化
-数民族と漢族の分裂後、民主化が失敗するロシア・プーチンモデル
シナリオF中国分裂・一部民主化と一部独裁の並立
-数民族と漢族の分裂後、民主と独裁が並立するモデル
シナリオG中国漢族・少数民族完全分裂
-大混乱モデル

<日本にとっての最も大きな脅威はシナリオB、民主化された中国>

この本の中では名言していないけれど、宮家さんは下記の講演で次のように言っている。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140113-00000002-voice-pol
この7つのうち、日本にとって最悪なシナリオはどれか。じつは、「(2)中国統一・民主化定着シナリオ」です。このシナリオでは、日本よりも10倍も大きな民主国家が誕生するため、世界における日本の存在価値はなきに等しいものになってしまう、といえるでしょう。
この議論の前提となっているのは民主主義の確立によるある程度の自由が社会にないと、イノベーションは起きないので結果として大きな経済成長は見込めない、ということだと思う。また共産党独裁のままだとソフトパワーも発揮しにくいため、国際的なルールつくりを主導するのも難しい。このあたりは「自滅する中国」を読むとわかりやすい。
GDPの大きさは人口の多さに大きく影響されるのと、高齢化が進んでいるとは言え、中国の田舎の成長余力はまだまだあるので確かに中国の経済成長はまだまだ続くだろう。けれど、それが世界を席巻しリードするようになるほどの規模と質かというとそうではない、ということなんだろう。

また、「質」については文明の接近 〔「イスラームvs西洋」の虚構〕 で非常に興味深いイスラム分析を見せてくれた歴史人口学者エマニュエル・トッドは次のように言っている。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140408/262573/?P=2&ST=smart
中国が経済指標で先進国にキャッチアップするということと、中国が世界をリードして将来をつくっていくということは別問題。中国が米国より効率的な社会となると考えるのはナンセンスであり、単独で支配的国家になると予想するのも馬鹿げている。中国は共産主義体制から抜け出し、前進していると自分で思っているはずだが、私の観点からは、逆に後退しているように思う。
とても皮肉なことではあるけれど、中国共産党の存在こそが中国の発展を制限し、諸外国に対する中国の魅力を落とし、日本の存在感を高めている要素があることを否定できない。

<共産党における人民解放軍の影響力>

(中国共産党幹部の)205名のなかで、集団として圧倒的存在感があるのは人民解放軍関係者の41名、これに共青団関係者約40名が続く。その他では経済・貿易・商工関係者16名、司法・警察・監察関係者14名を筆頭に、一般国家行政サービス高級官僚が57名入っている。(P104)
人民解放軍関係者の影響力が共産党幹部の中で集団としてきわめて大きなところに不安定さを感じる。長期的には中国経済の発展は軍事的脅威の原因になりうるが、短期的には中国経済の成長鈍化こそが彼らの意思決定の先鋭化の原因となりうる。

<日韓関係は極めて重要>

ここで正確に理解すべきは、韓国外交の本質だ。朝鮮半島は歴史的にさまざまな地域覇権勢力に挟まれ、翻弄されつづけてきた悲劇の回廊である。世界を見渡しても、朝鮮半島ほど地政学的に不幸なロケーションは、欧州のポーランドと中東のイラクぐらいしか思い当たらない。このような「スイング国家」は基本的にいかなる外国勢力をも信用しないはずだ。特定の国家を信じて肩入れすれば、それ以外の国家が台頭した際にすべてを失う。そのことを知り尽くしている人びとの外交に「基軸」はない。彼らにあるのは、つねに列強間のバランスをとる「均衡」策である。日本にとって韓国は対中関係上必ずしも当てにならないのだが、このことは日韓関係の重要性を減じるものではない。(P237)
韓国を失えば日本が対中関係における最前線となる。 どんなに不条理なことを要求されても最前線になるよりはましだ、とリアリストなら考える。そしてそのことがわかっているからこそ、今の韓国政府の対応なのだろう。彼らは彼らなりに必死に生き延びようとしている。

ちなみに日本史を振り返ると、日本の地理的な条件は極めて幸運なものだ。黒船が来るまで「敵」はいつも西側にある国から訪れた。四方を外国に囲まれた大陸にある国家と違って太平洋側からの脅威を長い間考える必要がなかった。また、近代に入っても極東にある島国という条件は独立を守るのにきわめて有利であったはずだ。19世紀から20世紀にかけ、西洋の帝国主義がアジア・アフリカを駆け抜け、非西洋のほとんどが植民地になったが、ならなかったはのは、ユーラシア大陸では朝鮮、シャム、アフガニスタン、オットマン帝国の一部、アフリカ大陸ではエチオピアのみ(リベリアは入れず)と、日本を除けば5つしかない。日本海が存在したこと、極東にあったこと、地理的な偶然がなければ日本の独立は保たれなかっただろう。


宮家さんの見通しでは中国は今後も成長を続けるけれど、どこかのタイミングで中国経済に質的な変化が訪れるとしている。GDPの米中逆転が起きるかどうかはこの「仮の経済成長」がどれくらい長く続くのか、にかかっている。これは中国共産党の「統治能力」が勝つのか、それとも人類史の中で繰り返されてきた「文化的近代化→伝統的権威構造の崩壊→移行期暴力」(これについては別エントリーで紹介)が勝つのかによる。というより、おそらくこれは起きるので言い換えると、どれくらい長く中国共産党がその統治能力で彼の国の人々を統治できるのか、による。

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