2014年2月18日火曜日

戦略論の原点

戦略論の原点/ J.C. ワイリー、Joseph Caldwell Wylie

これはほんとおもしろい本。時間がない人は最後についている奥山さんの解説だけでも読んだらよいのではないかと思う。


地政学系の戦略論をどう経営に生かすのか、ということについていまいちピンと来ていなかったのだけれど、この本でそこが非常に明確になった。


ワイリーは歴史上のさまざまな戦略家の中で、次の7人だけが戦争の理解に貢献し、そのアイディアの力によって影響も与えたと言う。(孫子が入ってないが奥山さんの解説によるとリデルハートがかなり孫子に影響されているので、ワイリーも間接的に影響を受けているという)


1. マキャベリ

2. クラウゼヴィッツ( 陸上理論)
3. マハン(海洋理論)
4. コーベット
5. ドゥーエ( 航空理論)
6. リデルハート
7. 毛沢東(ゲリラ戦理論)

ワイリーは、戦略論に存在するこれらのさまざまな理論を統合する試みにチャレンジしている。




<順次(sequential)戦略と累積(cumulative)戦略>

ワイリーの提示する概念の中で、重要なものの一つは順次戦略・累積戦略である。定義としては彼は下記のように書いている。
一つは順次戦略であり、これは一連の目に見えてハッキリと区別できる段階にわかれていて、それぞれ前の段階で行われた行動や作戦につながっているものだ。
もう一方は累積戦略だが、これは一つ一つの知覚できないほどの小さな成果が積み重なって、誰にもわからないある臨界点を越えたとたん、一気に絶大な効果を持ち始めるのだ。
この二つはお互いに相容れない戦略というわけではなく、むしろこの二つを戦略の結果から見れば、たいていの場合は切っても切り離せない関係にあるのだ。(P154)
著者はこれを太平洋戦争における米軍の日本軍に対する二つの大きな戦略で説明している。順次戦略としては大本営のある東京を目指して、日本列島の上、中、下の各方向から海、空の戦力をを用いて戦闘を一つずつこなしながら近づいていく戦略。
そして累積戦略は潜水艦による「海上交通破壊作戦」で、民間の船を含めた輸送船、客船などを手当たり次第に撃沈していくことである。(国際法に照らしてどうかということは置いておいて)これによって日本の補給路を断つことができる。輸送船を撃沈するという一つ一つの任務は作戦としての戦闘に比べると地味なのだが、これがボディーブローのようにきいてくる。戦争開始の時点で日本は600万トンの商船をもち、開始後に400万トン増やしたようなので合計1000万トンの船を持っていたはずなのだが、1944年末には実に90%が沈没させられている。
そしてこの事実は、アメリカも日本も気づいていなかったようなのである。このように輸送船を撃沈するという地味な作業が、ある臨界点を超えると大きな影響を与えてくるような戦略のことをワイリーは累積戦略と呼んでいる。

一般的に戦略と聞いて想起されるのは順次戦略のことだ。一方、一見散発的な活動の積み重ねを「戦略」として定義したところにワイリーの凄みがある。


これは経営においても言えることで、ビジネスプランを立てて計画を順次実行していくような行為は順次戦略である。一方、顧客満足度を上げる、従業員満足度を上げる、ブランド認知を上げるなどの活動は累積戦略に近い。どこまでやったら、具体的にどんな効果がで出るのかわかりにくい。ただ、重要であることはわかっている、という活動だ。従業員に対するトレーニングなどもここに入るかもしれない。


そして大事なのはこの二つの戦略はどちらか一つで勝てるわけではなく、両者をバランスよく同時に用いることで勝つことができる、ということだ。

累積戦略が順次戦略と同時に戦争に使われた場合、累積戦略が順次戦略の成功を左右するものになる例が非常に多い。歴史上では弱い順次戦略が強い累積戦略のおかげで勝利につながった例が豊富にある。(P154)
 下記のワイリーの指摘は顧客調査、従業員満足度調査等の重要性を想起させる。
この二つの種類の戦略の違いを認識することによって、我々には新たな、そしてかなり重要となる課題が生まれてくる。目標に対して最も効果的かつ低コストで達成するという面から考えれば、我々の将来の戦略の成功は順次戦略と累積戦略のバランスをどこまでとることができるのかという問題にかかってくる。もし我々が累積戦略の進行状況と効果を判断できるようになれば、これまで偶然にまかせていた戦略の重要な要素をコントロールできるようになるだけでなく、戦争が終わった時点の状態を自分たちに有利な条件に持って行くことができるようになるのだ。(P155)
長らく「日本企業」は累積戦略が得意だったのかもしれない。コツコツとした努力は評価される。残念なのは累積戦略は重要だが、適切な順次戦略がなければ勝てないことだ。


ただ、一人の人間の生き方として累積戦略が大事だというメッセージは大きいと思う。下記の記事のように「努力は必ず報われる」の残酷さは「報われないならそれは努力ではない」である、と指摘したところで努力しない人が勝てる確率が上がるわけではない。

「努力にまつわる高度成長期の呪い」
http://blogos.com/article/80715/

<総合理論>
4つの限定的な理論(陸、海、空、ゲリラ)とリデルハートの「間接アプローチ」などを想定しながら統合された理論のようなものをワイリーは作ろうとしている。残念ながらあいまいで分かりにくいけれど、それが戦略の難しさなのだろう。

- 想定 -
1. いかなる防止手段が講じられようとも戦争は起こる
2. 戦争の目的は、敵をある程度コントロールすることにある(破壊することではない)
3. 戦争は我々の計画通りに進むことはなく、予測不可能である
4. 戦争における究極の決定権は、銃を持ってその場(戦場・現場)に立っている男が握る→陸軍の存在感の重要性or現場の重要性

戦略の総合理論は下記のような点を発展させたものでなければならない、としている。

①戦略家が実戦時に目指さなければいけない最大の目標は、自分の意図した度合いで敵をコントロールすること。
②これは、戦争のパターン(形態)を支配することによって達成される。
③この戦争のパターンの支配は、味方にとっては有利、そして敵にとって不利になるようなところへ「重心」を動かすことによって実現される。

「重心を動かす」ことについて著者はハンニバル(カルタゴ)に対するスキピオ₋アフリカヌス(ローマ)の戦いぶりを使って説明するが、ビジネスの世界でもよく見られる。事業の転地とでもいえるような戦い方のルールを変えることができた会社はApple, Amazon, IBMなどたくさんある。成熟期にある企業が再成長のための変革に成功するときなどは、まさにこれが起きている。


- 教訓 -

1. もし限定的な理論が持つ想定が現実と一致する場合には、その理論が応用できる
2. 数学的な分析があまり役に立たない
3. 戦略の論理的根拠を打ち立てることができるような「戦略を生み出す基盤」が必要。大切なのは、これがどのような地域の人々にとっても受け入れられることができるような哲学的基盤を持っていなければならないこと

<戦略の階層>

奥山さんの解説の中に、ルトワックらによる戦略の階層が紹介されている。これについてはかなり使えるので次の記事で取り上げることとする。

世界観(Vision)


国家政策(Policy)

大戦略(Grand Strategy)

軍事戦略(Military Strategy)

作戦(Operation)

戦術(Tactics)

技術(Technique)

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